![]() |
TOP > 著書一覧 >倭王卑弥呼と天照大御神伝承 | 一覧 | 前項 | 次項 | 戻る |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
| 倭王卑弥呼と天照大御神伝承 | ||||
|
本書「はじめに」より 1. |
|---|
|
宇宙の開闢についてのガモフのビッグ・バン理論にしても、ニュートンの万有引力の法則にしても、ア
インシュタインの相対性理論にしても、あるいは、マルクスの資本論にしても、フロイトの精神分析理論に
しても、あるていどの実証性と物語性とをかねそなえていた。
それらの理論によって説明できる現象が、はなはだ多いようにみえた。ほとんど無限に物語をつむぎだし うる理論のようにみえた。 ニュートンの理論にもとづいて、初速を与えれば、人工衛星をあげうる。人工衛星をあげれば、またそこ から、あらたな物語が誕生する。 歴史学のばあい、物語性が強すぎると、歴史に材をとった荒唐無稽な、たんなるお伽噺になる。 実証性が強すぎると、無味乾燥なたんなる資料いじりの記述になってしまう。 物語性と実証性のバランスをとることがむずかしい。 しかし、私は、思う。日本の古代史について、実証性と物語性とを強くかねそなえた仮説、あるいは、理 論に、逢着しえたらしいと。 それは、一口でまとめれば、つぎのような立場にたつ仮説である。 「『古事記」『日本書紀』に語られている神話には、史実の核がある。」 この仮説こそは、日本の古代史について、実証性を もって、ほとんど無眼の物語を、つむぎだしうる。説 明可能性の豊かさをもっているようにみえる。 |
|
2.
|
|---|
|
第二次世界大戦中、日本の神話の語るところを分析
せず、無批判に信じたため、戦後は、逆に、日本神話
にふれることが、ほとんどタブーになってしまった。
しかし、この禁断の園こそは、日本民族の揺籃時代に 見た夢の数々と、記憶表象の数々が、整理もされず、 手つかずで眠っている宝の島である。いな。しばらく おつきあいいただけるならば、宝の島ではなく、むし ろ、新大陸とでもいうべきものであることを、なっと くしていただけるであろう。 現代科学の方法、数理文献学の方法を羅針盤に用いれば、民族の揺藍時代の記憶の国へと、たしかに航海 することができる。忘却の波しぶきに霞んで見えるとはいえ、これは、蚕気楼ではない。 新大陸にいたるためには、それなりに、航海の準備が必要である。 第二次世界大戦後、神話教育を放擲したため、ギリシア神話については知っていても、日本神話について は、ほとんど何も知らない世代が生みだされ、高い学歴をもっていても 天照大神の話も高天の原の話も、ほとんど聞いたことのない世代が量産された。ましてや、大国主の命や、邇邇芸の命の話や、天孫降臨や、高千穂の話や、邇芸速日の命の話などは、まったく耳にしたこともないという人々が、若い世代ではふつうのこととなっている。 しかし、人間は、物語なしでは生きていけない。考古学的な資料だけでは、大きな物語は描けない。 物語性があってこそ、その物語のなかに自分を位置づけて、みずからのアイデンティティを獲得しうる。 日本人の歴史を明らかにすることは、日本人としてのアイデンティティや帰属意識をもたらし、日本人の 心を安定させる効果もありうる。 物語歴史は、精神療法としての「歴史療法」の効果ももつ。 それは、民族意識を、かきたてようとするものではない。 共通の物語や体験をもつ集団に帰属することは、心の安定をもたらす働きがあることをのべているのであ る。 科学や学問の成果が、なんらかの形で、人の役に立つことが望ましいことをのべているのである。 |
|
3.
|
|---|
|
物語が、人間精神に対してもつ、これまでに述べてきたような働きについては、美智子皇后が、「子供時
代の読書の思い出」という講演のなかで、的確かつ雄弁にのべておられる。すこし長くなるが、引用してみ
よう。
「教科書以外にほとんど読む本のなかったこの時代に、たまに父が東京から持ってきてくれる本は、ど
んなに嬉しかったか。冊数が少ないので、惜しみ惜しみ読みました。そのような中の一冊に、今、題を
覚えていないのですが、子供のために書かれた日本の神話伝説の本がありました。日本の歴史の曙のよ
うなこの時代を物語る神話や伝説は、どちらも八世紀に記された二冊の本、古事記と日本書紀に記され
ていますから、恐らくはそうした本から、子供向けに再話されたものだったのでしょう。」
日本神話は、かつて、たしかに、民族主義の高揚のために用いられたことがあった。 しかしまた、日本神話は、「国際化」「地球化」のなかで、人類共通の文化遺産となりうるものもふくんでいるのである。 かりに悪用されたことがあったとしても、ダイヤモンドを捨ててはならない。 個性をもっていて、人は、はじめて他と交わることができる。 日本民族は、それなりの個性をもっていて、はじめて国際社会にも、貢献しうる。 日本民族の根っこ、人々の心に安定を与える根っこ、みずからの帰属を教えてくれる根っこ、自己確立の ための基盤。母が歌った子守歌。大人になれば、忘れてしまうかもしれない。しかし、子守歌こそは、私た ちの心を育ててくれた母乳であったのだ。母の胸のなかでの安らぎの潜在記憶をもっていてこそ、人は、お ちついて、外へ出かけられるようになる。 |
|
4.
|
|---|
|
すぐれた考古学者の森浩一氏は、最近あらわされた『記紀の考古学』(朝日新聞社刊)のなかでのべている。
「1984年に、島根県斐川町の神庭荒神谷遺跡で358本の銅剣がまず発掘され、翌年には6個 の銅鐸と銅矛16本、96年にはその隣の加茂町の加茂岩倉遺跡で39個の銅鐸が発掘されるなど、 出雲の重要性が想像以上のものであることが、誰の目にも明らかとなり、記紀神話のなかでの出雲のき わだった扱われ方と無関係でないとするほうが、自然の考え方になりだした。」 そうなのである。出雲神話についての知識があれば、考古学的事実がしめしていることの意味内容を、は るかに豊かな背景のもとに把握することができる。 また、古代の空へむけて、想像の翼を、よりダイナミックにはばたかせることができる。最近の考古学の発掘の成果は、神話には、史実の核があることを、指摘しつづけている。しかし、多くの 考古学者は、それに、耳をかさない。目をむけない。むしろ、耳や目をそむけようとさえしているようであ る。 物語性のない遺跡・遺物についての無数の情報のなかに、みずからを、埋没させようとしている。しか し、物事を、より統一的に把握しようとする人間の欲求は強い。遺跡・遺物についての無数の情報のつみか さねだけでは、私たちの精神は、やがてその重みにたえられなくなる。 無数の情報のなかから、宝石をひろいだし、神話・伝承の緒(ひも)に連ねてこそ、玉石は、意味を獲得 しうる。私たちの知性を飾りうるものとなる。 まして、ギリシア、ローマの考古学や、聖書の考古学は、すべての考古学のはじまりであり、母胎であっ た。そして、その考古学は、神話、伝承といったものに、みちびかれたものであった。 この重要な事実から、目をそらさないでほしい。 |
|
5.
|
|---|
|
英語で、「ヒストリィ(history)」といえば、まず、「歴史」のことである。ただ、英語の「ヒストリィ」
は、「物語」という意味ももっている。フランス語で、英語の「ヒストリィ」と語源を等しくすることばは、
「イストワール(histoire)」である。フランス語の「イストワール」は、おもに、「物語」という意味である。
これらの言葉は、ギリシア語やラテン語の「ヒストリア(historia)」からきている。
「ヒストリア」には、「歴史」の意味も、「物語」の意味もあった。
そう、かって、「歴史」と「物語」とは、分かちがたく結びついていた。科学の進歩にの結果、「歴史」と「物語」が分離して久しい。確実な事実は何か。「歴史」に実証性、客観性、科学性を求めるならば、「歴史」と「物語」とを、分ける必要がでてくる。しかし、「歴史」は、畢竟、人間のためのものである。人間にとっての有用性を求めるならば、客観性、実証性のふるいをくぐりぬ けた上での、物語性が、やはリ必要になってくる。人々は、歴史を研究するのが目的なのではなく、歴史か ら学んで、今日や明日を生きて行くための糧にするのである。 私は、このシリーズのなかで、最近の考古学の成果が、「神話には史実の核がある」とする仮説を、いかに裏付けつつあるかを、倦むことなく語りつづけるであろう。 それは、日本古代史についての平成の語り部として、私が存在したことの証しになると信ずるからである。 さいわい、勉誠出版社長の池嶋洋次氏は、このシリーズを刊行する機会を与えて下さった。また、面倒な 図版などの多い原稿で、勉誠出版編集部の方々には、大変お世話になった。ここに記して、謝意を表する。 ライフワークのつもりであり、力のかぎり、古代の空へむかって飛びつづけ、翔りつづけ、見たもの、聞いたことを、語りつづけようと思う。ご支援いただきたい。 |
| 上へ |
![]() |
TOP > 著書一覧 >倭王卑弥呼と天照大御神伝承 | 一覧 | 前項 | 次項 | 戻る |