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倭王卑弥呼と天照大御神伝承

倭王卑弥呼と天照大御神伝承

地図には経度や緯度が必要なように、歴史の研究には「年代」が必要である。
日本古代史混迷の元凶は、「年代論」の不徹底にある。

現在、古代史の年代において、もっとも信頼できるのは「天皇一代の平均在位年数」にもとづく文献学的年代論である。
これこそは、考古学的な事実をもふくめ、日本古代史全体に統一的説明を与える脊柱となる。

この本では、「天皇一代の平均在位年数」にもとづく年代論の基礎を明確にする。
そこからは、卑弥呼と天照大御神の年代が重なりあい、邪馬台国の時代と日本神話の時代とが重なりあうという、驚くべき新パラダイム、新世界がみえてくる。
この年代論によってこそ、1700年の時空の波濤をこえ、 日本古代史の新大陸に達しうる。


本書「はじめに」より

 1.
宇宙の開闢についてのガモフのビッグ・バン理論にしても、ニュートンの万有引力の法則にしても、ア インシュタインの相対性理論にしても、あるいは、マルクスの資本論にしても、フロイトの精神分析理論に しても、あるていどの実証性と物語性とをかねそなえていた。

それらの理論によって説明できる現象が、はなはだ多いようにみえた。ほとんど無限に物語をつむぎだし うる理論のようにみえた。
ニュートンの理論にもとづいて、初速を与えれば、人工衛星をあげうる。人工衛星をあげれば、またそこ から、あらたな物語が誕生する。

歴史学のばあい、物語性が強すぎると、歴史に材をとった荒唐無稽な、たんなるお伽噺になる。 実証性が強すぎると、無味乾燥なたんなる資料いじりの記述になってしまう。 物語性と実証性のバランスをとることがむずかしい。

しかし、私は、思う。日本の古代史について、実証性と物語性とを強くかねそなえた仮説、あるいは、理 論に、逢着しえたらしいと。
それは、一口でまとめれば、つぎのような立場にたつ仮説である。
「『古事記」『日本書紀』に語られている神話には、史実の核がある。」 この仮説こそは、日本の古代史について、実証性を もって、ほとんど無眼の物語を、つむぎだしうる。説 明可能性の豊かさをもっているようにみえる。
 2.
第二次世界大戦中、日本の神話の語るところを分析 せず、無批判に信じたため、戦後は、逆に、日本神話 にふれることが、ほとんどタブーになってしまった。

しかし、この禁断の園こそは、日本民族の揺籃時代に 見た夢の数々と、記憶表象の数々が、整理もされず、 手つかずで眠っている宝の島である。いな。しばらく おつきあいいただけるならば、宝の島ではなく、むし ろ、新大陸とでもいうべきものであることを、なっと くしていただけるであろう。

現代科学の方法、数理文献学の方法を羅針盤に用いれば、民族の揺藍時代の記憶の国へと、たしかに航海 することができる。忘却の波しぶきに霞んで見えるとはいえ、これは、蚕気楼ではない。 新大陸にいたるためには、それなりに、航海の準備が必要である。

第二次世界大戦後、神話教育を放擲したため、ギリシア神話については知っていても、日本神話について は、ほとんど何も知らない世代が生みだされ、高い学歴をもっていても 天照大神の話も高天の原の話も、ほとんど聞いたことのない世代が量産された。ましてや、大国主の命や、邇邇芸の命の話や、天孫降臨や、高千穂の話や、邇芸速日の命の話などは、まったく耳にしたこともないという人々が、若い世代ではふつうのこととなっている。

しかし、人間は、物語なしでは生きていけない。考古学的な資料だけでは、大きな物語は描けない。 物語性があってこそ、その物語のなかに自分を位置づけて、みずからのアイデンティティを獲得しうる。 日本人の歴史を明らかにすることは、日本人としてのアイデンティティや帰属意識をもたらし、日本人の 心を安定させる効果もありうる。

物語歴史は、精神療法としての「歴史療法」の効果ももつ。 それは、民族意識を、かきたてようとするものではない。 共通の物語や体験をもつ集団に帰属することは、心の安定をもたらす働きがあることをのべているのであ る。 科学や学問の成果が、なんらかの形で、人の役に立つことが望ましいことをのべているのである。
 3.
物語が、人間精神に対してもつ、これまでに述べてきたような働きについては、美智子皇后が、「子供時 代の読書の思い出」という講演のなかで、的確かつ雄弁にのべておられる。すこし長くなるが、引用してみ よう。

「教科書以外にほとんど読む本のなかったこの時代に、たまに父が東京から持ってきてくれる本は、ど んなに嬉しかったか。冊数が少ないので、惜しみ惜しみ読みました。そのような中の一冊に、今、題を 覚えていないのですが、子供のために書かれた日本の神話伝説の本がありました。日本の歴史の曙のよ うなこの時代を物語る神話や伝説は、どちらも八世紀に記された二冊の本、古事記と日本書紀に記され ていますから、恐らくはそうした本から、子供向けに再話されたものだったのでしょう。」

「私は、自分が子供であったためか、民族の子供時代のようなこの太古の物語を、大変面白く読みまし た。今思うのですが、一国の神話や伝説は、正確な史実ではないかもしれませんが、不思議とその民族 を象徴します。これに民話の世界を加えると、それぞれの国や地域の人々が、どのような自然観や生死 観を持っていたか、何を尊び、何を恐れたか、どのような想像力をもっていたか等が、うっすらとです が感じられます。」

「父がくれた神話伝説の本は、私に、個々の家族以外にも、民族の共通の祖先があることを教えたとい う意味で、私に一つの根っこのようなものを与えてくれました。本というものは、時に子供に安定の根 を与え、時にどこにでも飛んでいける翼を与えてくれるもののようです。もっとも、この時の根っこは、 かすかに自分の帰属を知ったという程のもので、それ以後、これが自己確立という大きな根に少しずつ 育っていく上の、ほんの一段階に過ぎないものではあったのですが。

又、これはずっと後になって認識したことなのですが、この本は、日本の物語の原型ともいうべきもの を私に示してくれました。やがてはその広大な裾野に、児童文学が生まれる力強い原型です。そしてこ の原型との子供時代の出会いは、その後私が異国を知ろうとする時に、何よりもまず、その国の物語を 知りたいと思うきっかけを作ってくれました。私にとり、フィンランドは第一にカレワラの国であり、 アイルランドはオシーンやリヤの子供達の国、インドはラマヤナやジャータカの国、メキシコはポポル・ブフの国です。これだけがその国の全てではないことは勿論ですが、他国に親しみをもつ上で、これは大層楽しい入り口ではないかと思っています。

二、三十年程前から、『国際化』『地球化』という言葉をよくきくようになりました。しかしこうしたこ とは、ごく初歩的な形で、もう何十年−−もしかしたら百年以上も前から−−子供の世界では本を通じ、 ゆるやかに始まっていたといえないでしょうか。」

「父のくれた古代の物語の中で、一つ忘れられない話がありました。
年代の確定出来ない、六世紀以前の一人の皇子の物語です。倭建御子と呼ばれるこの皇子は、父天皇 の命を受け、遠隔の反乱の地に赴いては、これを平定して凱旋するのですが、あたかもその皇子の力を 恐れているかのように、天皇は新たな任務を命じ、皇子に平穏な休息を与えません。悲しい心を抱き、 皇子は結局はこれが最後となる遠征に出かけます。途中、海が荒れ、皇子の船は航路を閉ざされます。 この時、付き添っていた后、弟橘比売命は、自分が海に入り海神のいかりを鎮めるので、皇子はその 使命を遂行し覆奏してほしい、と云い入水し、皇子の船を目的地に向かわせます。この時、弟橘は、美 しい別れの歌を歌います。

さねさし相武の小野に燃ゆる火の火中に立ちて聞ひし君はも

このしばらく前、建と弟橘とは、広い枯れ野を通っていた時に、敵の謀に遭って草に火を放たれ、燃 える火に追われ逃げまどい、九死に一生を得たのでした。弟橘の歌は、『あの時、燃えさかる炎の中で、 私の安否を気遣って下さった君よ」という、危急の 折に皇子の示した、優しい庇護の気遣いに対する感 謝の気持ちを歌ったものです。

悲しい『いけにえ』の物語は、それまでも幾つか知 っていました。しかし、この物語の犠牲は、少し違 っていました。弟橘の言動には、何と表現したらよ いか、建と任務を分かち合うような、どこか意志的 なものが感じられ、弟橘の歌は−−私は今、それが 子供向けに現代語に直されていたのか、原文のまま解説が付されていたのか思い出すことが出来ないの ですが−−あまりにも美しいものに思われました。

『いけにえ』という酷い運命を、進んで自らに受け 入れながら、恐らくはこれまでの人生で、最も愛と感謝に満たされた瞬問の思い出を歌っていることに、 感銘という以上に、強い衝撃を受けました。はっきりとした言葉にならないまでも、愛と犠牲という二 つのものが、私の中で最も近いものとして、むしろ一つのものとして感じられた、不思議な経験であっ たと思います。

この物語は、そのような美しさの故に私を深く引きつけましたが、同時に、説明のつかない不安感で威 圧するものでありました。

古代ではない現代に、海を静めるためや、洪水を防ぐために、一人の人間の生命が求められることは、まず考えられないことです。ですから、人身御供というそのことを、私が恐れるはずがありません。し かし、弟橘の物語には、何かもっと現代に通じる象徴性があるように感じられ、そのことが私を息苦し くさせていました。今思うと、それは愛というものが、時として過酷な形をとるものなのかもしれない という、やはり先に述べた愛と犠牲の不可分性への、恐れであり、畏怖であったように思います。

まだ、子供であったため、その頃は、全てをぼんやりと感じただけなのですが、こうしたよく分からな い息苦しさが、物語の中の水に沈むというイメージと共に押し寄せて来て、しばらくの間、私はこの物 語にずい分悩まされたのを覚えています。」
(『文藝春秋』1998年11月号。第26回IBBYニューデリー大会[1998年]基調講演。1998年9月21日のNHK教育テレビでのお話にもとづく。)

美智子皇后が読まれた本は、童話作家、鈴木三重吉の書いた『古事記物語』などであろうか。
日本神話は、かつて、たしかに、民族主義の高揚のために用いられたことがあった。 しかしまた、日本神話は、「国際化」「地球化」のなかで、人類共通の文化遺産となりうるものもふくんでいるのである。

かりに悪用されたことがあったとしても、ダイヤモンドを捨ててはならない。 個性をもっていて、人は、はじめて他と交わることができる。 日本民族は、それなりの個性をもっていて、はじめて国際社会にも、貢献しうる。

日本民族の根っこ、人々の心に安定を与える根っこ、みずからの帰属を教えてくれる根っこ、自己確立の ための基盤。母が歌った子守歌。大人になれば、忘れてしまうかもしれない。しかし、子守歌こそは、私た ちの心を育ててくれた母乳であったのだ。母の胸のなかでの安らぎの潜在記憶をもっていてこそ、人は、お ちついて、外へ出かけられるようになる。
 4.
すぐれた考古学者の森浩一氏は、最近あらわされた『記紀の考古学』(朝日新聞社刊)のなかでのべている。

「1984年に、島根県斐川町の神庭荒神谷遺跡で358本の銅剣がまず発掘され、翌年には6個 の銅鐸と銅矛16本、96年にはその隣の加茂町の加茂岩倉遺跡で39個の銅鐸が発掘されるなど、 出雲の重要性が想像以上のものであることが、誰の目にも明らかとなり、記紀神話のなかでの出雲のき わだった扱われ方と無関係でないとするほうが、自然の考え方になりだした。」

そうなのである。出雲神話についての知識があれば、考古学的事実がしめしていることの意味内容を、は るかに豊かな背景のもとに把握することができる。 また、古代の空へむけて、想像の翼を、よりダイナミックにはばたかせることができる。

最近の考古学の発掘の成果は、神話には、史実の核があることを、指摘しつづけている。しかし、多くの 考古学者は、それに、耳をかさない。目をむけない。むしろ、耳や目をそむけようとさえしているようであ る。

物語性のない遺跡・遺物についての無数の情報のなかに、みずからを、埋没させようとしている。しか し、物事を、より統一的に把握しようとする人間の欲求は強い。遺跡・遺物についての無数の情報のつみか さねだけでは、私たちの精神は、やがてその重みにたえられなくなる。 無数の情報のなかから、宝石をひろいだし、神話・伝承の緒(ひも)に連ねてこそ、玉石は、意味を獲得 しうる。私たちの知性を飾りうるものとなる。

まして、ギリシア、ローマの考古学や、聖書の考古学は、すべての考古学のはじまりであり、母胎であっ た。そして、その考古学は、神話、伝承といったものに、みちびかれたものであった。
この重要な事実から、目をそらさないでほしい。
 5.
英語で、「ヒストリィ(history)」といえば、まず、「歴史」のことである。ただ、英語の「ヒストリィ」 は、「物語」という意味ももっている。フランス語で、英語の「ヒストリィ」と語源を等しくすることばは、 「イストワール(histoire)」である。フランス語の「イストワール」は、おもに、「物語」という意味である。 これらの言葉は、ギリシア語やラテン語の「ヒストリア(historia)」からきている。 「ヒストリア」には、「歴史」の意味も、「物語」の意味もあった。

そう、かって、「歴史」と「物語」とは、分かちがたく結びついていた。科学の進歩にの結果、「歴史」と「物語」が分離して久しい。確実な事実は何か。「歴史」に実証性、客観性、科学性を求めるならば、「歴史」と「物語」とを、分ける必要がでてくる。しかし、「歴史」は、畢竟、人間のためのものである。人間にとっての有用性を求めるならば、客観性、実証性のふるいをくぐりぬ けた上での、物語性が、やはリ必要になってくる。人々は、歴史を研究するのが目的なのではなく、歴史か ら学んで、今日や明日を生きて行くための糧にするのである。

私は、このシリーズのなかで、最近の考古学の成果が、「神話には史実の核がある」とする仮説を、いかに裏付けつつあるかを、倦むことなく語りつづけるであろう。 それは、日本古代史についての平成の語り部として、私が存在したことの証しになると信ずるからである。

さいわい、勉誠出版社長の池嶋洋次氏は、このシリーズを刊行する機会を与えて下さった。また、面倒な 図版などの多い原稿で、勉誠出版編集部の方々には、大変お世話になった。ここに記して、謝意を表する。 ライフワークのつもりであり、力のかぎり、古代の空へむかって飛びつづけ、翔りつづけ、見たもの、聞いたことを、語りつづけようと思う。ご支援いただきたい。
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