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記紀の行間を読む

(季刊邪馬台国138号 巻頭言)                      編集部



季刊邪馬台国138号

巻頭言138号
記紀の行間を読む

 720年に『日本書紀』が成立してから、今年で1300年の節目を迎える。712年に成立した『古事記』とあわせて「記紀」と称される『日本書紀』だが、その編纂に至った経緯や編者など未だ不明な点が多い。そもそも、『日本書紀』が編纂された時代とはどのような時代だったのだろうか。
  先に完成した『古事記』が記すのは、神代の時代から推古朝まで、『日本書紀』が記すのは神代の時代から天武・持続朝まで。時代区分だけに限っていえば、「『日本書紀』では、厩戸皇子が摂政になった推古天皇朝(593年)以後の、藤原京への遷都が完了する持続天皇朝(694年)までの期間、すなわち飛鳥時代の記述が丸ごと追加されていることとなる。記紀が編纂されたのは、まさにこの飛鳥時代末期から奈良時代にかけて、天皇を中心とした国家基盤が固められ、天皇の神格化と中央集権が進んだ時期である。力で従える武力王としての大王の性格と、祭祀による宗教的な権威を持つ卑弥呼のような祭祀王としての性格が融合し完成された、時代の転換点とも言えるだろう。そういった背景や政治的意図が見え隠れするのが記紀であり、とりわけ『日本書紀』は政治的意図が強いと言われている。
  また、アマテラスが「伊勢神宮」に鎮座することは『古事記』にはまったく書かれておらず、伊勢鎮座の記述は『日本書紀』ではじめて登場する。太陽を崇める日神信仰は古くからあったとされるが、皇祖神・アマテラスが鎮座する伊勢神宮を最上に頂く、神道の原型を完成させたのは『日本書紀』だと言えるだろう。
  このように、完成時期がわずか8年しか変わらない「記紀」の差を見比べてみるだけでも、いろいろな背景や編纂に込められた想い、編纂者たちの思惑が見て取れる。加えて、『日本書紀』は多数の執筆者によって書かれており、編纂の最終段階での加筆・潤色も指摘されているため、その「加筆や潤色」にこそ、編者たちの意図が顕著に表れているだろう。
  公文書の改ざんとも言える史書への加除修正。改ざんと聞くと、悪事の証拠を隠滅するためというネガティブで後ろめたいイメージが先行するが、文書の改ざんには中庸を求めた結果という側面もあるのかもしれない。
  江戸時代に朝鮮との国交を一手に引き受けていた対馬藩は、秀吉の朝鮮出兵によって断絶した朝鮮との国交を早期に回復させるため、朝鮮と江戸幕府の両者の対面を保ちつつ穏便に国交が回復できるよう、やむを得ず国書偽造を行った。「いかなる時と場合においても嘘をついてはならない」という倫理観を至上とするならば、許されることではないが、結果として日朝の国交は早期に回復された。国が違えば文化も違う。本当は国交を回復させたい本音と、面子がそれを許さないという事情もある。両者の文化の違いや本音を十分に理解していた対馬藩だからこそ成し得た、まさに薄氷を履む荒業だった。
  厩戸皇子が遣隋使において「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す」としたため、大不興を買ったのも、ひとえに文化の違いだと言える。当時の日本においては、「日が没する」という表現は無礼な表現とは思われていなかったのだろう。学校の教科書では、厩戸皇子が中国との対等外交を目指してあえてそう記したと説明されていたように思うが、「陏書」によると、608年に隋の煬帝が倭国に使者を遣わした際、倭王は「礼儀を知らない夷人であった」と詫びている。さらに、『日本書紀』の「一書」のなかでは出雲の杵築大社(きつきのおおやしろ)を「天日隅宮(あめのひすみのみや)」、つまり日没が美しい宮と呼んだことからも、当時の日本人にとって日没は避けるべき表現だと思っていなかったことが伺える。付け加えると、小野妹子は煬帝からの国書を”紛失”しているにも関わらず、罪は許され、あろうことか再び遣隋使として派遣されている。このことから、煬帝の怒りを買った返書を意図的に紛失させ、厩戸皇子の面子を保ったのではないかとも想像できる。
  歴史を紐解くにあたっては、いかに当時の価値観、当時の文化、当時の情勢を踏まえたうえで、印象や思い込みに縛られずに論じることができるかが求められるだろう。
  記紀が編纂された飛鳥時代は、わずか100年程の間で、乙巳の変、壬申の乱と大きな政権争いが2度も起こっている、激動の時代だ。記紀の成立は、正統性を示したい王と、強く正統な王を求める民の想いが一致した結果の産物だったのかもしれない。その過程において、相対するさまざまな伝承や諸説紛々を「手打ち」にしてひとつにまとめたのが『日本書紀』なのだろうか。
  公文書の改ざん、史書の加除修正は、当亊者たちの想いや背景という物語をはらんでいる。丁寧な研究から、ひとつ、またひとつとその想いが掬われていくことを願う。

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