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「神宿る島」がかたるもの

(季刊邪馬台国132号 巻頭言)                      編集部



季刊邪馬台国132号

  2017年5月5日、世界文化遺産登録を目指す福岡県宗像(むなかた)市の沖ノ島が、ユネスコの諮問機関であるイコモスから登録の勧告を受けたというニュースに、驚きと落胆の声があがった。申請していた8つの遺産のうち、沖ノ島とその岩礁である計4つの遺産は登録の勧告を受けたが、残りの4つは除外するようにとの勧告であったからだ。その後、構成遺産はひとつも除外せず、当初の予定通り全遺産の一体登録を目指すという方針が発表されたが、この原稿を書いている6月現在、世界遺産登録の結果はまだわかっていない。

  そもそも今回登録の勧告を受けた沖ノ島とは何なのか、なぜ8つの構成資産で世界遺産登録を目指していたのか。宗像市がある地元福岡県においても、その理解は十分に浸透しているとは言い難い。とはいえ、ここ数年で宗像への関心がかなり高まってきているのも事実だ。数年前は、県外はもちろん、福岡県内でも「宗像」という地名が読めない方、どこにあるか知らない方も多かった。ましてや世界遺産候補になるような遺産があることはほとんど知られていなかった。
  しかし最近では、世界遺産推薦候補の暫定リスト入りから、推薦決定などのニュースも相まって、福岡に限らず、全国的にも宗像への関心は非常に高まってきている。先のイコモス勧告のニュースも、各メディアで大々的に特集が組まれ、報道された。それだけ宗像への関心が高まっている今だからこそ、しっかりとその理解を深めていただきたい、そしてこれからの研究や市民活動に少しでも寄与することができればと、今回の特集を企画した。

  島全体が御神体で、女人禁制、立ち入る際は海で禊を行う……。そのような「神宿る島」沖ノ島への篤い信仰が、千六百年以上前の古代から現在に至るまで変わることなく受け継がれてきていることは、ひとつの奇跡と言っても過言ではないかもしれない。
  このひとつの奇跡が世界的に普遍的価値として認められようとしている今、沖ノ島は我々に何を語りかけるだろうか。この度世界遺産登録申請がなされた「「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群」の構成資産の価値とはなにか。そして宗像が特に栄えていた古代日本とはどういう時代だったのか。本誌を通して、古代より悠久の時を越えて受け継がれている沖ノ島信仰、そしてそこに暮らした人々と古代社会の情景に想いを馳せてもらえれば幸甚である。

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